当組合は、大正12年6月9日、伝染病の予防及び治療に関する共同処理を目的として、西秋留村(現あきる野市)、多西村(現あきる野市)、五日市町(現あきる野市)、増戸村(現あきる野市)、及び平井村(現日の出町)の一町四ケ村により、「西秋留村外四ケ町村病院組合」として設立されました。
昭和8年には、東秋留村(現あきる野市)と大久野村(現日の出町)が組合へ加入するのを機に、組合の名称を「阿伎留病院組合」に改めました。「阿伎留」の名称は、従来より五日市以東の一帯を「武蔵国阿伎留郷」と称していたことに由来します。
設立当初は赤痢等の伝染病の治療が主でありましたが、その後、昭和20年代には、伝染病に代わり結核が蔓延したため、その治療が中心となりました。しかし、昭和30年代以降は、高度経済成長 の進展とともに、結核の予防及び治療方法の進歩普及により罹患率が低下したため、伝染病床及び 結核病床を一般病床に転用し、一般疾病の治療に重点を置いた医療を展開して参りました。
現在では、あきる野市、日の出町、檜原村により組合が組織され、「公立阿伎留医療センター」を開設し、秋川流域の公的中核医療機関として地域の医療施設等との医療連携を図るとともに住民の健康管理、疾病の予防、二次救急を中心とした救急医療及び高度医療等の業務を担っています。
平成9年には災害時の拠点病院として国及び東京都の指定を受けるとともに、平成16年度からは、臨床研修病院(単独型)として研修医の育成にも努めています。
また、平成17年8月には、財団法人日本医療機能評価機構による病院機能評価(Ver4.0)の認定を取得いたしました。